まだ肌寒い、三月のはじめ。
田舎で一人暮らしをする母から、一通のメッセージが届きました。
そこには、
「庭で転んで、足を骨折した」
とだけ書かれていて。
メッセージを開いた親指が、かすかに震えていました。
心臓がバクバクして、血の巡りがおかしくなっているような感覚。
人って、心から動揺すると本当にこんなふうになるんだな……と、
なんとか自分を落ち着かせながら、すぐに母へ電話をかけました。
詳しく話を聞くと、
庭先で転倒し、あまりの痛みに地元の整骨院を受診。
レントゲンには、足首の骨がはっきりと折れて写っていたそうです。
そして、入院と手術が必要なため、
週明けには大きな病院へ行くよう言われた、とのことでした。
私がここまで動揺したのには、理由があります。
それは、祖母の存在。
祖母も、母と同じくらいの年齢で、同じように庭先で転倒し、それをきっかけに寝たきりになってしまったのです。
結局その日から亡くなるまで、
ずっと病院と施設での暮らし。
家に帰ることは、一度もありませんでした。
もうすぐ七十歳になる母。
もしも祖母と同じように、歩けなくなってしまったら──。
良くない想像が、頭の中をぐるぐると巡っていました。
母のことが心配なのはもちろんだけれど、
同時に、自分自身の身の振り方を考えてしまう不安も、確かにありました。
数日間地元へ戻り、
身の回りのこと、入院や手術の手続き。
娘のことを夫にお願いしながら、
なるべく負担がかからないよう、あれこれ準備を進めて。
目の回るような忙しさでした。
手術は無事に成功したものの、
再び以前のように歩けるようになるまで、
どれほど時間がかかるのかは分からない。問題なく歩けるようになるかも分からない。
先の見えない入院生活と、その先の暮らし。
不安は、静かに膨らんでいきました。
それと同時に、
これまで先送りにしてきた問題と、否応なく向き合うことになります。
母の持っている土地は、どれくらいあるのか。
その手入れは、今どうしているのか。
田んぼづくりは、誰にお願いしているのか。
畑の花や野菜は、どうお世話をするのか。
母や、先祖が守ってきた田舎の暮らしを、
私は何ひとつ知らなかったのだと、気づかされたのでした。
「価値のない土地なんだから、売ってしまったほうがいい」
家族の話し合いでは、そんな意見も出ました。
持っていても活かせない。
お金にならないし、重荷になるだけだ、と。
けれど──
私には、どうしてもそう割り切ることができませんでした。
お金では測れないものが、
この土地には確かにあると、感じていたからです。
とはいえ、
守っていくための知識も、経験もない私に、
一体なにができるのだろう。
逃げていられる状況ではなくなった私は、
ようやく田舎の暮らしと向き合う覚悟をしました。
こうして始まった、
週末だけ田舎で過ごす二拠点生活。
二十年近く、目を背け続けてきた場所。
農のこと、暮らしのこと、
本当に一から、学び直す日々です。
今さら遅いのではないか、と思う気持ちもあります。
それでも──
母が生きている間に、できることを。
そう静かに、自分に言い聞かせています。








